Kevin Schwantz ケビン・シュワンツの経歴

Kevin Schwantz ケビン・シュワンツは、1986年から1995年まで活躍したレーサーです。
アメリカテキサス州の出身で、1964年生まれです。
「フライング・テキサン」というニックネームを持ち、パワフルな走りと積極的な攻めを見せてくれるレーサーとして、アメリカはもちろん日本でも世界でも人気が高いです。

ヨシムラスズキに所属するようになり、1988年にはロードレース選手権の500ccクラスにてフル参戦しています。
この年の第一戦は日本GPで、その前の年のチャンピオンとデッドヒートを見せ、世界中のファンを熱狂させた末に衝撃的な優勝を勝ち取っています。
Kevin Schwantz ケビン・シュワンツは攻めの姿勢が非常に強く、時にそれが転倒に至ったりマシントラブルに見舞われる原因になったりしていました。
そのため、1989年には6勝もしているのですが、リタイヤもかなり多く結果的にはシーズンランキング4位となっています。

1991年には、この徹底した攻めの姿勢がドイツGPで如実に現れ後々まで語り継がれる名勝負を生んでいます。
前を行くレイニーよりもコーナーへの進入速度が速い状態が続き、ついにあるコーナーで最大限のレイトブレーキを見せ、インから一気に抜き去ったのです。
その後、一度もレイニーに抜かれることなく優勝しました。

この姿勢は次第に落ち着きを見せ、安定したレース運びで勝利を量産していきます。
ケガなどの影響もあり1995年には選手権からの引退を表明しますが、2013年には鈴鹿8時間耐久レースに出るなど、レース人生を続けていたのもファンの心をつかむところとなっています。

Kevin Schwantz ケビン・シュワンツの戦歴

AMAスーパーバイク世界選手権では1987年に2位の功績と残し、1988年委はデイトナ200マイルでスズキに乗って初優勝を果たしています。
上記のように、ロードレース選手権では度々勝利を重ねています。

生涯戦績として実に29ものポールポジションを取り、ファストテストラップは26回も獲得しています。
初グランプリはオランダGPにおける1986年、最終グランプリは1995年の日本GPにおけるものです。

Kevin Schwantz ケビン・シュワンツについてのエピソード

Kevin Schwantz ケビン・シュワンツは、その走り方もファンを魅了するものでした。
たとえば、1988年にはマカオGPで落ち葉がコースにあったため、それを避ける目的でウィリー走行をするなどユニークなアイディアを披露しています。
ロデオに乗るかのように巧みにマシンを管理する姿は、ライダーの見本とされています。

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